ダッシュテーション

カフェとダンスとオタ活と。まるで想像しなかった30代を過ごしている独身㊛のブログです。

12日目:「どうしてうまくいかないのだろう」に疑問をもってみる

2020年10月28日


コロナウィルスの影響で、ダンスクラスのインストラクターのお仕事がなくなりました。10年以上続けさせていただき、たくさんの子供たちと出会い見送りましたので、とても寂しいです。
本体であるクラブは存続していくとの事で、それはよかったなと思います。
このお仕事が土日に入っていて、それを軸に派遣の仕事をしたり、アルバイトをしたりしていたので、私としては主軸を失ったような気持ちです。
正直、かなり落ち込みました。
しばらくどうしたらいいかと考える気力もなく、目の前にあるアルバイトのお仕事を懸命に勤めました。
しかしこちらもコロナの煽りを受けて営業利益が落ち込んでいることもあり、この先一年間の時給は据え置きになりました。
ここではたと気づきます。
カフェの仕事は好きですが、この時給をメインにしておいても生活していけない。
実際、8月以降はバイトを掛け持ちして、月に1~2日のお休み、週に2-3はダブルワークで7時から21時半まで働いて、やっと収支が合うというところした。国から借りた休業期間中の生活費の返済も始まりますし、それよりなにより体がキツくて持たないと感じたのです。


「どうしてうまくいかないのだろう」
この言葉を何度頭のなかで考えたことでしょう。
百は考えたでしょうか。いや、もっとかな。
そうやってグルグル考え続けてきて、ふと、思ったんです。
「どうしてうまくいかないのだろう」って、それ本当?
確かに残念だし寂しい。
今から新しい仕事を探すなんて、自信がないし億劫だしちょっとコワイ。環境に慣れるのも、人間関係を構築するのも大変だ。
でも、だ。
10年かけて作ってきたクラスのやり方は、私の中に残っている。もし機会を得られたら、または自分で作れれば、またクラスをすることはできる。
すぐにでも!その自信は私の中に残っている。
新しい仕事はきっと私の好奇心に火をつけるだろうし、新しく出会う人々のなかにはとても気が合う人や、憧れるような人もいる可能性もある。
慣れるのに時間がかかるのは、わかりきっていることだから心配するだけ無駄だ。
これまでの人間関係を失うわけじゃない。
新しい世界はプラスされることはあっても、これまでに作ってきたものを削ることはない。


無理やりくさいところはあるけれど、こう考えてみたら、ちょぅっとだけ、手を伸ばして見ようかなという気になった。


それに、だ。
私個人の経済は困窮しているわけで、まぁ、やるしかないというのが1番大きな事実である。

11日目:回復が追いつかず……

2020年10月27日

 

今日までに選考結果をお知らせします。

と言われていたのですが、明日まで延期に。

&体調回復しきれず。

本日も過去インスタ作文です。

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#銀色泡のユメ

 


プチプチ パチパチ 肌が弾ける
君に会いに行けなくなってから
足は地面を忘れ
唇は音を失くした
遠くに青い山が見える場所
小さな窓しかない
鳥の声が聴こえるのに
風は壁に当たるのに
姿は見えない 触れない
今夜も眠れそうにない
粟立つ足が走り出しそう

君に

会いたい

ただそんな簡単な言葉も言えないんだ

僕の口は塞がっているから

 

 

 

 

9日目:モノクロームな語り言

腕はパンパン 頭ヘロヘロにつき

今日は前にインスタに載せたものを今の気持ちで変化させた文章を。

自作ですから、ということで。

こういうのもありということにしよう。

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細雪が渦巻いている

モノクロームの灰色広がる空の高いところから
欠片は次々落ちてきて
みるみる白で埋もれる地面の上
黒い靴は動けずに
点いたり消えたりを繰り返す

人工光に照らされていた

 

 


いつしか身についた口癖、思い癖
心の中で呟けば、カヤの外に出られる気がした
守られていたことにも気づかず
煩い虫が無尽蔵に飛び回る世界で生けるほどの
耐性なんてないくせに
己の身幅も知らないくせに


クセはやがて癖になり
自分で自分を止めることができなくなっていた


心の皺は肥大してほどなくしてたるみとなった
あゝもう 何も聞きたくないよ
届けないでくれないか
いっそ集る虫たちにこの身を喰わせてしまおうか
ほら、喰えよ
払いも叩きもしないから
瞬きの振動さえ起こさぬよう瞼を閉じて差し出してやったのに
あれほど五月蝿く纏わりついていたくせに
集っていたのはすんの間で
やがて羽音はどこかへ飛び去った


虫にまで興味を喪われたか


やがて世界は音を喪い、色を喪い、光も闇も喪った
ただなかに
ただそれとして
ただそこに
あるだけのものに
いつか朽ちることを赦されるのを
ただ待つだけのものに


受け入れてしまえばそこは安寧としていて
前いた場所より心地がよく
もっと早く来てしまえばとさえ思う


ここには誰もいない
ここには何もない
希望もないが失う恐怖もない
だって何もないのだから


このまま漂い続けて
いつか朽ちることを待てばいい
なんてシンプルなセカイ

 

 

 

それは突然現れた


クルクル回る笑顔の児
スノークリスタルをキラキラ輝かせながら
真っ直ぐ私に向かっていうことは


嬉しかったことも
悲しかったことも
笑ったことも
君がその手で受け取れるようになるまで

ここにいる

 

たとえ君が忘れても

ここにいて

歌い続けよう

 

 

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8日目:今日はますます人様の目に触れさせるものじゃない

2020年10月24日

 

 

恋愛ドラマを見て、あんな風に好きになったり好きになってもらえたら

幸せだろうなと羨ましがっていた。

ドラマだからだよなぁ、と思っていたけれど、

もしかしたらそうじゃないのかもしれない。

 

だって私はあの主人公のように、全部と引き換えになってもその人を好きだと感じる勇気がない。相手にそれを望む勇気もない。

欲しがっていないものは手に入らない。

想像できえないことは起こらない。

そういうものかもしれない。

もしかしたら、だけれど。

あれだけ好きになってしまったら、叶わなかったら神経がおかしくなってしまうから

自然の摂理としてうまくいくようになっているのかもしれない。

 

今日もかなり抽象的な話になってしまった。

疲れて頭が回らないからか、自分自身が求めることを恐れているのか。

よくわからない。

いや、わかろうとしていないんだな。

7日目:あなた、お誕生日おめでとうございます。

2020年10月23日

 

仕事の後、趣味友達と会って11月の誕生日会の計画を話し合いました。

それは、趣味友(オタク)がよく開催する『本人不在』の誕生日会です。

私もオタクになるまで、この会の意味がわかりませんでした。

変なのーと思っていました。

やっぱり当事者になってみないとわからないことってありますね。

オタクのみなさんって人生楽しみ上手です。

このお誕生日会ひとつとっても、本人がいないのに集まってケーキを食べたり、おしゃべりしたり、縁の場所(いわゆる聖地ってやつですね)に出かけて行ったり、記念に写真をいっぱい撮ったりします。

楽しいですよ。

そりゃ、本人にはおめでとうの言葉は直接伝わらないけれど。

趣味友と出会ったり、いろんな場所に出かけていく、おいしいものを食べる、想い出を作る。

そういうきっかけになってくれたのは、推しとなっている対象者がいて何かの活動をして自分たちの心を弾ませてくれたからなわけで。

ありがとう、という気持ちにもなるし、お誕生日となればおめでとうと言いたくなるわけです。

 

そんなわけで11月に誕生日会をしようという話し合いを終えて、帰る電車のなかでふと思いました。

電車に乗っているたくさんの知らない人たち。

それぞれに誕生日があるわけで。

毎日が誰かしらの誕生日なんですよね。

今日も誰かが誕生日なんです。

今まであんまり考えたことはなかったけれど。

 

それで今日がお誕生日のあなたに伝えたいことがあります。

 

お誕生日おめでとうございます

あなたが今日生まれてきてくれたおかげで

私はあなたに

「お誕生日おめでとう」

と言うことができます

何の役にも立たない私が

今日という日を生きていることに意味ができました

あなたが生まれてきてくれたおかげで

 

会ったことはないし名前も知らないし

直接あなたに伝えることもできないけれど

今日があなたの誕生日ということが

私の心をほんのり温めてくれました

ありがとうございます

 

今日がお誕生日のあなた

生まれてきてくれてありがとう

お誕生日おめでとうございます

 

 

 

 

6日目:締め開けは眠い

2020年10月22日

 

週1以下の休みで働くこと5か月。今年も時給は上がらないことが決定。コロナのせいでお仕事ひとて失ったことも決定。

就活、だな。また。うむ。

明日も7時からお仕事なので。眠いですねー

5日目:音楽を聴かないと、帰れない

2020年10月21日

ダブルワークで朝7時から21時半まで働いて帰るころにはどっと疲れが押し寄せてきます。思考も鈍くなって、いい考えは浮かんできません。

考えるという働きがお休みモードになって、外的刺激をそのまま受け入れるようにもなったります。

私は通勤の電車内ではイヤホンで音楽を聴いています。

音楽は頭と心のマッサージです。

ぐしゃぐしゃにかき混ぜられて、考えてもしょうがないことを見えなくしてくれたり、やさしく撫でて慰めてくれたり、背中をバシバシ叩いて焚きつけてくれたり、ウカレヨウゼ!誘い出してくれたり。追い込んでくるときもありますけどね。

とにかく音楽はいいです。

さて、最近私は完全ワイヤレスのイヤホンを購入しました。

TaoTronics ワイヤレスイヤホン Bluetooth 5.0 です。

これが、思っていた以上にいいです。

ケースを開けるだけでペアリングしてくれる、これはとても便利です。これ、かなり感動しました。わーい!ってな感じです。片耳・両耳モードの切り替えもケースから取り出すことで自動で切り替わって便利。おおってなかんじです。

それから、再生・停止・音量調整がイヤホンをタップすることでできてラクチン。

私は使ったことはありませんが、通話のON/OFFもタップでできるらしいです。

それでもって、安い。

五千円以内で購入できます。

音質にこだわりのある方には、物足りないのかもしれませんが、生活のなかでBGMとして音楽を楽しむ分には十分だと思います。

 

いや、ほんとうに、これはいい買い物をしました。

個人的に大満足です。

 

頭も身体もクタクタですが、なんとか帰ってこられたのは音楽の力、そしてタオトロニクスさんのおかげです。

 

今日もありがとうございまする。

それにしても、疲れました。