ダッシュテーション

カフェとダンスとオタ活と。まるで想像しなかった30代を過ごしている独身㊛のブログです。

受講気分で視聴!100分de名著:カミュ「ペスト」第1回

こんにちは、コミンです。

 

『100分de名著』というTV番組をご存じでしょうか?

 

一度は読みたいと思いながらも、手に取ることをためらってしまったり、途中で挫折してしまった古今東西の“名著”。
この番組では難解な1冊の名著を、25分×4回、つまり100分で読み解いていきます。
プレゼン上手なゲストによるわかりやすい解説に加え、アニメーション、紙芝居、コントなどなど、あの手この手の演出を駆使して、奥深い“名著”の世界に迫ります。
案内役は、タレントの伊集院光さんと、安部みちこアナウンサー。
偉大な先人の教えから、困難な時代を生き延びるためのヒントを探っていきます!

                    NHK公式HPより引用 

 週に1度の放送で、1ヵ月で1冊を読み解いていきます。

ゲストは毎回、お題となっている名著の著者を研究されている方々。

好きなものを語る熱っぽい指南役と、質問や発想がとてもわかりやすく共感しやすい案内役の伊集院光さんと一緒に、研究ゼミに参加しているような気分で見られます。

(ゼミは受けたことがないのであくまでイメージですが)

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先日再放送された「100分de名著」が新型コロナウィルスが流行している今にマッチしていたので、ご紹介します。

※番組内でゲストの方が解説された内容はできるだけそのままに、語尾「です・ます」は省略しています。

 

 

100分de名著(2018年6月放送分の再放)

題材:アルベール・カミュ著『ペスト 』

ゲスト解説:フランス文学者 中条 省平さん

 

 

アルジェリアにあるオラン(実在する町)という町で感染症『ペスト』が大流行します。ペストは猛威をふるい大勢の人が亡くなります。人はペストにどう立ち向かうのか、そこに暮らす様々な人々の心の動きを描いた群像劇です。

 

※以下の引用はすべてアルベール・カミュ著『ペスト』からです。

 

 

第1回

ペストや戦争がやってくるとき、人々はいつも同じように無防備な状態にあった。 

 

町でネズミの大量死が発生した。その後人々も同じような症状に苦しみ始める。医師リウーはこれが「ペスト」であると気づき、町の医師会で発表するが、権力者たちは、その事実を認めるのを恐れます。

緊急で開かれた医師会での医師会長とリウーの会話です。

 

「我々はこの病気がペストであるかのようにふるまわなければならない責任を負うわけだ」
 
 「問題の立て方が間違っている。名称の問題ではなく、時間の問題だ。
言い回しはどうでもいい。我々は、市民の半数が死んでしまわないかのようにふるまうべきではない。そんなことをしたら、実際に市民は死んでしまう」

 

中条先生解説:
権威ある医師たちは、ペストという「事実」よりペストという「言葉がもたらす影響」の方を問題視した。ペストと宣言することでパニックを引き起こすのではないかという懸念、もし違ったらその責任は誰が取るのか(=自分は取りたくない)ということばかりを話している。事実から目を背けたいという事なかれ主義が蔓延した状態である。
 
新型コロナウィルス感染による被害が発生しはじめたとき、これと同じようなことが起きましたね。
日本の国会では風邪のようなものといわれ、総理大臣自ら春節の観光客を歓迎すると声高らかに宣言しました。断言してしまうことによる影響については、確かに考慮する必要があります。
しかし、作品中の医師会長のように事実を遠回しに表現すると、責任の所在はぼやけるけれど、責任を発生させる事実(ペスト)そのものがなくなるわけではないので、放置すれば事態は悪化するだけです。
 
物語では、ペストの拡大は一時的に落ち着きを見せ、日常に戻ったかのような数日のあと、突如として死者が増加。政府から非常事態宣言が出され、オランの町は封鎖されてしまいます。
 
かくして、ペストがわが市民にもたらしたものは、追放状態だった。
 
 
中条先生解説:
封鎖により、交通・経済等を遮断された。これは安定した日常からの追放である。また、カミュは『人は元々、追放状態にある』という人間観の持ち主。
人は、「自分が生きていることの意味や価値をわからず、ただ、やみくもに生きている。しかしそこには意味があると思いたい」つまり、人は本来的に、追放された状態にいるということ。
しかしペストのようなことが起こると、この世界の意味や人生の意味といった問いに、否応なく直面させられる。これは、本来の追放状態を知るといこと。
ペストによって人間本来の追放状態がむき出しにされた、ことを強調するために「追放状態」という言葉を用いている。

人は日常が続くと思いたい。どんな恐ろしい事態があってもそれを過小評価し、一時的なものだと思ってしまう。そういった人間の心理的カニズムが、まず働くからだ。
また、人は「慣れる」生き物である。周りでどんどん人が死んでいくという悲惨な状況でも慣れてしまう。
人間は災いに対応したとき、その状況に慣れるという強さがあり、しかし同時にその鈍感さにはまり込む危険性がある。
  
コロナウィルスの新規感染者数がと死者の数が毎日報道され、私たちはどこかでそれに慣れてきてしまっているのではないでしょうか。
志村けんさんや岡江久美子さんがこの病気でなくなったと聞いたとき、強いショックを覚えたのは、自分が知っている人だったからです。
毎日「数」で報道されている亡くなられた方々にも、同じようにご家族や友人がいるわけですが、それを想像するのを自動的にやめてしまっていました。
また、「自分にとっては知らない人」というのは、横浜のクルーズ船の乗客だったご夫婦と変わらないのに、あの時ほどのショックをだんだん感じなくなっていることに気づき、ゾッとしました。
 
町の封鎖によって、恋人と暮らすパリへ帰れなくなってしまった新聞記者ランベールが、医師リ・ウーに、感染していないという証明書を書いてほしいと懇願。しかし、リ・ウーは万一にも感染の可能性がある人を、外へ出すわけにはいかないと拒否します。
 
(ランベール)
「あなたが語っているのは、理性の言葉だ。あなたは抽象の世界にいるのだ」
 
(リウー)
「抽象と闘うためには、多少抽象に似なければならない」ランベールにとって抽象とは自分の幸福に反対するすべてを意味していた。そして本心をいえば、リウーもある意味ではランベールが正しいと思っていた。
    
ここ、ちょっと難しいですね・・・先生の解説を見てみましょう。
 
中条先生解説:
ここで言われている【抽象】とは、理念(リウーには市民の健康保つ職業的な理念があるということ)と非現実的な災厄(ペスト)のことをさしている。
リウーは、抽象=非現実的な災厄、それと闘うには、抽象=理念で対抗するしかないと言っている。そういった状況下では、ランベールがいうような幸福は否定されてしまう局面がある。しかしリウー自身も声には出さないけれど、ランベールの言い分は正しいと本心では思っていて、幸福を求めること自体を否定したいわけではない。
カミュは、この作品で、「自分の人生へ疑念生じさせるものすべて」=ペストとしている。ここでいうペストは病気や大震災という災厄の場合もあれば、親しい人が死んでしまって自分が生きていてもしょうがないと思うこと、さらにはもっと些細なことも含めて、自分の生き方や人生そのものに対してこのままでいいのか、これでいいのかと疑念を抱くきっかけになることすべてである。
 
私たちは、今まさに新型コロナウィルスという災厄に直面しています。
それまでの安定した日常から、否応なく、追い出されてしまいました。
私たちの現実世界において、物語『ペスト』の世界と同じことが起きています。
これまでの安定した日常ではそれほど意識していなかった「この世界はこれでいいのか?日本という国はこんなことでいいのか?私たちの生きる意味は何か?」ということを強く考えることもあります。
同じような局面にいる登場人物たちが、このあとどういう行動をして、どんなことを考えるのか、そしてこの物語はどういう結末を迎えるのか。
とても気になりました。


第二回に続く